2006年1月9日から11日にかけて、中國人民対外友好協(xié)會は構(gòu)內(nèi)の友誼館で、「円仁の足跡をたどって―阿南史代寫真展」を催した。これは日本の高僧円仁が中國の唐代に仏法を探し求めるためにたどった足跡に沿って古跡や今日の姿を取材対象とした阿南史代女史の作品125點(diǎn)を展示し、これを通じて中國社會の1000余年らいの歴史の変遷をファインダーを通した女史の眼でたどり、一つのしきたりが何代も受け継がれている中日両國の仏教文化の真髄を探求するものと言ってもよい。
円仁、贈り名は慈覚大師、日本の天臺宗の三代目の祖師。紀(jì)元九世紀(jì)に、日本からの最後の遣唐使について入唐し、九年間(838-847年)にわたって仏法の探求をつづけ、その今日の江蘇省、山東省、河北省、山西省、陝西省、河南省、浙江省の名所と古剎に足跡を殘している。その著作である『入唐仏教探求巡禮行記』、『金剛頂経疎』。『入唐仏教探求巡禮行記』は、玄奘(三蔵法師)の『大唐西域記』、マルコ?ポーロの『東方見聞録』とともに、「世界三大旅行記」のひとつと見なされている。
阿南史代女史は中國の歴史?地理の研究にたずさわる日本國籍を持つアメリカ人の學(xué)者で、中國駐在日本國特命全権大使の阿南惟茂氏の夫人でもある。阿南史代女史は『入唐仏教探求巡禮行記』の手がかりをつまみ、五年間の旅で円仁大師がかつて記録にとどめたたお寺や仏塔、山川、習(xí)俗を訪ねて歩き、資料としての寫真もかなりの數(shù)にのぼる。これらの寫真は高い鑑賞性と深みのある學(xué)術(shù)的価値を有し、歴史と地理の角度から1000年らいの中國社會の発展と変化を提示し、長い歴史と伝統(tǒng)のある中日両國の友好交流の歴史を示すものと言える。阿南史代女史は20年このかた北京の歴史と遺跡、長い歴史のある村落、かなりの樹齢の木々、宗教の聖地を?qū)澫螭趣筏茢?shù)多くの寫真をとり、前後して十二回も中國と日本で寫真展に作品を出展した。
阿南史代女史は開幕式のあいさつの中で、「この寫真展を通じて、円仁の足跡を頭に刻み込んでもらいたい。また、日中両國の文化、および両國の民間の交流を促すよすがの一つとなるよう願っている」と語った。
「チャイナネット」 2006年1月10日