元NHKアナウンサー 木村知義=文
習(xí)近平國(guó)家主席が提唱する「人類運(yùn)命共同體」に出會(huì)ったのはいつのことだったのか、正確な記憶はないのだが、この言葉に出會(huì)ったときの驚きは鮮明に心に殘っている。その驚きとは、ともすれば生硬な言葉が続くことの多い政治的講演あるいは文書(shū)に、心に響く柔らかな言葉が隨所に登場(chǎng)する新鮮さにあった。
そのころ、親しい中國(guó)経済の専門家と交わした會(huì)話も記憶に殘っている。
「『人類運(yùn)命共同體』とは驚きましたね。これが將來(lái)どんなふうになっていくのかまだ分かりませんが、未來(lái)をこの言葉に賭けてみる価値があるように思いますね」とその人は語(yǔ)り掛けてきた。私もまた、「本當(dāng)にそうですね、驚きました。確かに、今の世界でこんなことが実現(xiàn)できるのかよく分からないのですが、夢(mèng)がありそうで、この道を行けば世界は変わるかもしれないと思いますね」と言葉を返した。
理念から行動(dòng)へ
今から4年前、2017年1月に習(xí)主席が國(guó)際連合(國(guó)連)ジュネーブ事務(wù)局で「人類運(yùn)命共同體を共に構(gòu)築しよう」と題する講演を行ったことが日本でも伝えられたころだったかと思う。
しかし、文獻(xiàn)をたどってみると13年3月に習(xí)主席がモスクワ國(guó)際関係大學(xué)で講演した際、「この世界は、各國(guó)の相互関係、依存の度合いがかつてなく深まっており、人類は同じ地球村で暮らし、歴史と現(xiàn)実とが入り交じる同じ時(shí)空の中で生きており、ますます『あなたあっての私、私あってのあなた』という運(yùn)命共同體となりつつある」と語(yǔ)っていたことが分かる。
習(xí)氏は、少なくともジュネーブでの講演に至る數(shù)年にわたって世界の動(dòng)きを見(jiàn)據(jù)えながら「人類運(yùn)命共同體」という理念を熟成させ、肉付けしながら、ジュネーブの國(guó)連事務(wù)局訪問(wèn)を機(jī)に、それを集大成する形で世界に問(wèn)い掛けたのだろうと理解できる。
さらに、17年の秋開(kāi)催された中國(guó)共産黨第19回全國(guó)代表大會(huì)(第 19 回黨大會(huì))における報(bào)告で、「恒久的に平和で、普遍的に安全で、共同に繁栄し、開(kāi)放的?包括的な、清く美しい世界を建設(shè)する」と語(yǔ)り、「人類運(yùn)命共同體」構(gòu)築に向けて、「政治」「安全保障」「経済」「文化」「生態(tài)」の各分野で努力を重ねることが提起された。
「中國(guó)は、言ったことは必ず実行に移し、実現(xiàn)する」。これは、私自身が中國(guó)の行方について考える際の「定理」となっているのだが、「人類運(yùn)命共同體」もまたその例外ではない。
「一帯一路」イニシアチブも「人類運(yùn)命共同體」を目指す重要な道筋だろう。また、従來(lái)から中國(guó)が力を注いできた、「南南協(xié)力」という言葉で語(yǔ)られる発展途上國(guó)に対する貧困撲滅や醫(yī)療、衛(wèi)生など民生面における多角的な支援、さらには國(guó)連の「持続可能な開(kāi)発のための2030アジェンダ」への積極的な參畫(huà)をはじめ、中國(guó)は、國(guó)際的な協(xié)力、共助のメカニズムを一層活発に機(jī)能させることに努力を傾けることになった。とりわけ米國(guó)が「自國(guó)中心主義」の迷路に入り込み、世界に數(shù)多くの混亂を引き起こす中で、平和と協(xié)力、開(kāi)放と包容、學(xué)び合い、互恵とウインウインを掲げ、共同享受を原則とした國(guó)際関係の構(gòu)築を中國(guó)が主導(dǎo)することで、理念が行動(dòng)として目に見(jiàn)える形で具現(xiàn)化されることに拍車がかかった。さらに、世界のバリューチェーン?サプライチェーンにおける中國(guó)の存在感の高まりによる世界の相互依存の深まりは、対立や紛爭(zhēng)のリスクを軽減し、予防する力として世界の平和的発展の可能性を飛躍的に高めることにつながっている。また、おととしの「アジア文明対話」の開(kāi)催など、歐米で語(yǔ)られてきた「文明の衝突」ではなく、多様な文化、文明が共に學(xué)び合い、相互に理解を深めながら刺激を得て文明の発展の道を目指すという、文化の領(lǐng)域における取り組みも重要な意義を持ち始めている。
習(xí)近平國(guó)家主席は昨年9月22日に行われた國(guó)連総會(huì)一般討論演説で、「中國(guó)は2060年までにカーボンニュートラル実現(xiàn)を目指す」と表明した(新華社)
これらは「人類運(yùn)命共同體」の知行合一と深化、発展の一例、一側(cè)面にすぎないが、最近、世界の耳目を集めたのは、昨年末ビデオ方式で行われた「世界気候サミット」における習(xí)主席の演説で示された「2060年までにカーボンニュートラルの実現(xiàn)を目指す」という表明だ。そこで語(yǔ)られた具體的な目標(biāo)の重要性はもちろんだが、その前提として示された「心を一つに団結(jié)し、協(xié)力、ウインウインという気候ガバナンスの新局面を開(kāi)く」「大志を抱き、それぞれが最善を盡くす気候ガバナンス體系を形成する」「自信を強(qiáng)め、『グリーンリカバリー』という気候ガバナンスの新たな考え方を堅(jiān)持する」という「三つの提案」の意義を忘れてはならないと思う。
時(shí)代、世界、中國(guó)を理解する鍵
このように見(jiàn)てくると、「人類運(yùn)命共同體」の理念がいま世界で現(xiàn)実的な力として働き始めていることが分かる。さらに注目すべきことは、中國(guó)の対外的な関係構(gòu)築の営みが國(guó)內(nèi)の成長(zhǎng)、発展と切り離すことのできない密接不可分の関係にあり、內(nèi)の発展が外の協(xié)力と発展を促し、外の発展がまた?jī)?nèi)の成長(zhǎng)を促すという相関が力強(qiáng)く機(jī)能する構(gòu)造が生まれていることだ。
「冷戦の終焉」によって、ひとたびは資本主義が勝利したとされながら、その資本主義が數(shù)々の矛盾にさいなまれ、混迷を深くする姿を今われわれは目にしている。とりわけ、金融の肥大化による「欲望の資本主義」がもたらしたゆがんだグローバリズムは、不條理に苦しむ多くの人々を生み出した。その「再生の道」を巡って、世界の多くのエコノミストや識(shí)者が議論を重ねている。それと軌を一にして、従來(lái)、普遍的価値を誇ってきた「民主主義」もまた混亂と混迷に行く道を見(jiàn)失っている。そこに襲いかかったパンデミックである。まさしく、世界は苦吟する時(shí)代に直面していると言えよう。
猖獗を極めるパンデミックの中、不確実性にさいなまれながら、あらゆるものが根底から「変わる」ことを迫られる時(shí)代を、私たちは生きることになった。世界が大きく変わる時(shí)代のとば口に立って、「人類運(yùn)命共同體」の理念、思想のさらなる深化と発展が、目の前の世界の矛盾とひずみを正し、新たな世界を切り開(kāi)く大きな力になることは間違いない。
それゆえに、いまこそ、そこに込められた思想を現(xiàn)実の世界の姿と結(jié)び付けながら深め、実踐的に理解し、理念、思想を具體化していくことがとても大事な時(shí)代となっている。
同時(shí)に、「人類運(yùn)命共同體」への理解を深めることこそが、時(shí)代と世界への認(rèn)識(shí)を深めることにつながり、併せて、それを提唱、主導(dǎo)する中國(guó)への理解を深める鍵となっていると言える。