中國侵略日本軍に扮して手には小銃を持って若い女性を捕らえ、顔には笑顔を浮かべる。映畫の情景ではなく、黃山市黃山區(qū)譚家橋鎮(zhèn)のある風景區(qū)に再現(xiàn)された「村に來た鬼子(日本侵略軍の蔑稱)」の風景だ。同地の観光商品の中には、観光客が日本兵や傀儡軍、若い女性に扮するものがある。「創(chuàng)意に溢れているが、これでいいのだろうか?」同観光商品が國辱を娯楽にしていることに、憤慨の聲をあげるインターネット利用者が少なくない。譚家橋鎮(zhèn)政府観光事務所の責任者によると、同商品は観光客に歴史を理解させる教育的意義があるという。
「粟裕大將の遺骨の一部は譚家橋に埋葬されており、かつて參拝に訪れたこともある。革命の先輩が墓前で泣きながら革命の時代の経験を語るのを目にしたこともある。」譚家橋の問題の観光商品について、安徽省社會科學院の王井玉研究員は自分の體験を語った。譚家橋は革命の烈士にまつわる地の一つで、同商品のやり方は「革命の烈士の魂を汚すものだ」と語る。
「抗日戦爭では多くの烈士が犠牲になり、彼らの血と引き換えに勝利したのだ。しかし現(xiàn)在、我々自身が日本兵に扮して楽しみを求めるなら、これは観光文化とは呼べず、起こるべきではない騒ぎだ。商品中の『若い女性』を捕らえるといった低俗な內容は、全く良俗を損なうものだ。」王研究員は、抗日戦爭は屈辱の歴史で、中國人はこれを娯楽の対象にするのではなく、忘れぬように心に刻むべきだと語った。
「人民網(wǎng)日本語版」2011年8月4日